本日は、3月11日。
東北の皆さま(東北人の自分含む)にとっては、命のために、静かに祈りたい日となりました。
時が経つのは、とても早い。
私は個人的に、この数年で、東北の「お仲間さん」とご縁ができたのが、すごく嬉しい。
弊社(ONSA)を通じても、あるいは、ONSA Leather. のセミオーダーのご依頼なども。
多分、書籍でも。
「人一人の存在って、重いな」
「人は、みんな違う。だから、ひとつずつの命が、ぜんぶ尊いんだな」
触れ合わせていただいて、こんなことを感じる機会が増えて、人生を豊かにしていただいています。
あなたとのご縁に感謝……という言葉しか、出てこない。
あなたがこうやって、生きて呼吸をしていることが、とても尊く感じます。
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そして、標題の件です。
昨年末(もう、そんなに経ったか!)にスタートした、「自分の命を、自分で守る」勉強会。
おかげさまで、読んでいただいているようです。
「いいね!」ボタン等を設けていないので、数はわからないのですが、リアクションが届いています。
ありがとう。
私は、あなたの命が守られて、本当によかったと思っている。 (これを読んでいるということは、命が守られたという証拠ですもんね)
重ねてだけれど、私はいわゆる “ワクチン” の選択は、パーソナルなものだと思っている。
「こうすべき」とか、「それはダメ」だとか、その段階で揉めるのは、意味がないという意見。
大事なのは、誰もにとって、選択の自由があること。
そして、決断するために必要な情報が、あなたの元に、届けられていること。
そして、決断するために必要な情報が、あなたの元に、届けられていること。
この2つが、絶対に大事だと感じている。
だから、逆引きして、この条件が崩れていることに吠えている。
やはり、(見つけづらくされているという意味での)「隠されている」というのは、よくないですよね。
場合によっては、悪意を覚えるほど。
特に、”黒塗り案件” とか。
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そういうわけで、「あなたの命が守られてほしい」とはじめた、勉強会。
おかげさまで、直接知っているだけでも、何人もの命が、守られているさいちゅう。
(とても嬉しい)
そして、こんなことも言えると思う。
たとえば私は、この “ワクチン” なるものは、科学的なエビデンスを見ても、ちょっと「ないな」という意見の持ち主。
でも、最初は私とは意見が違って、でも自分自身で体験して、
「違った! 話がぜんぜん違う!」
実際の体験をすることで、そんなふうに意見が変わる人も、いるかもしれない。
それも、いいじゃないですか。 いかなる時も、マウントしたり叩いたりするのは、違うと思う。
こういうケース……待って待って! が、これから増えてくると思うのです。
そんな時、いろいろ知りたくなった時に、体系的に知識を辿れる道があったらいい。
自分の命を、自分で守るために、知識を仕入れる場があったら、とてもいいですよね。 (役立ちますように)
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そして、決して無視できないこと。
それは、今この瞬間も、決して少なくない「お仲間さん」が、勉強会のページをノートしながら、学んでいること。
自分のペースで、コツコツ。
そうやって、自分の命を、自分で真剣に守っている。
重ねて、あなたの命が、守られてよかったです。
そこから派生して、大切なお子ちゃんや家族の命が、守られてよかった。
そして、ますます守ってゆけるのがいいですよね。
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