2023.12月開催 「トラウマケア・ワークショップ」だーくぱーぷるクラス

画像
タイトルはじまり目印

M. S. さん(40代以上/兵庫県よりご参加) だーくぱーぷるクラス



タイトル下の線


命の仕組みの前では、何を持ってきても通用しないのだな。
そういう敬意を感じています。

変な小賢しいコントロールを手放し、ひたすら向き合う行為。
これは、確かに一番怖いかもしれない。そう思っています。


まず、その前に、切り分け(る目を養う)、できることで対処して、そして自分の身体に敬意を払うこと。
不健全なりにも頑張ってくれた自分の身体にも敬意だし、それ以上に自分の全く知らないところで毎日毎日守ってくれていたことに。

そして、その身体を守れてこなかった過去に反省だった。
こういう仕組みを知ると、とてもじゃないが過去に自分が身体に対してしてしまったことは、とんでもないことだとよりわかる。
ほんとにごめん、謝っても謝りきれない。


文節区切りの線

身体=心。
だから、身体と向き合う=心と向き合う。

自分と仲直りする。
そのことが、もっと根底からくっきり見えた感じがしました。


回復とは、「自分」とタッグを組んでやるもの。という基本も、さらに実感。
仲良くないとタッグを組めないよね。
それがないと、おそらくわたしの身体は、「わかった、やってみよう」とは言ってくれない。


文節区切りの線

わたしは、やはり、自分を十全に感じて生きてみたいです。
だから、「わかった、やってみよう」となるまで、やっていくことをしたい。

結果が保証されないことが、かつてとても嫌いだったと思う。
だけど、今はそれをやっていくことをしたい、そう思う。


たぶん、このコースの次のことは、「わたしは、自分の幸せに責任を持ってます」となって、初めてできることのように思う。
やってみてから「幸せに責任を持てる自分」になれるわけじゃない。
そのことを、「境界線ワークショップ」でやったことも踏まえて思う。


文節区切りの線

初めての受講で、まだ整頓も必要だけど、このワークショップでのテーマは、とても綺麗な図式を見ている感じでした。
いよいよ身体なのか…一番ないがしろにしてきたような(反省反省反省…)。

大切にしてきたものが実を結ぶ…ならば、大切にしてこなかったものは…それもその結果を運んでくるのだろうなと実感している。
それが今のそのままのわたし、なのだと思う。

そして、そこからまた、スケジュールして観察して整えて見直して行きたいです。

ありがとうございました。




タイトルはじまり目印

M. K. さん(30代/福岡県よりご参加) だーくぱーぷるクラス



タイトル下の線


私はいつもここに何を書いたらいいのかわからない。求められていることがわからないなと思ってしまう。
そういうところも、「反応」なのかなと思う。

私が色々とうまくいかない感じがすることの原因の一つにトラウマが関係しているらしい、と聞いてワークショップに参加した。
結果、トラウマとそうでないものを分けて対応していくことが必要だと確認した。
ここまでは覚えていた。

トラウマでないものの方については生きていくための技術を学んだらいいこと、知識をつけていくことなどがいると確認した。
これも前に聞いた。


文節区切りの線

私がひどい肌荒れをしたり、消化不良の感じがしているとき、そのような時がトラウマの結果が身体に現れているものだとわかった。
で、どうするか。そこだと思う。

私は私を守ってくれていた脅威から逃げるための反応、そこから脱出していくための準備がいるということがわかった。

準備。
先に生きていくための現実の状況を整えてから、トラウマと向き合っても大丈夫な環境を作っていく準備。


今までも大変だと思ったけど、まだずっと大変だなと思った。
希望を感じる時もあるけど、溺れているような感じもしていて、それは私の持つ傾向の方の問題であろうと思う。




タイトルはじまり目印

A. S. さん(30代/新潟県よりご参加) だーくぱーぷるクラス



タイトル下の線


私はまだ全くトラウマケアをする段階にないということは承知で、本ワークショップを受講させていただきました。
とても迷ったのですが、「怒りのワークショップ」を受講した時に気になっていたことがあったので、背伸びしているとは思いつつも受講しました。
結果的に、気になっていたことは解決できて、スッキリしています。


文節区切りの線

私がプレワークで「これがトラウマなのかな?」とうずぼんやりと考えていたものは、全てトラウマではありませんでした。
「その状況で、そう “感じる” のは普通だよね」という、そういったものばかりでした。

“感じる” ということと、意識にものぼらない身体反応である “トラウマ” とは全く違うものでした。
そこを切り分けられて、より、私が今やらなければいけないことが明確になりました。


「その状況で、そう“感じる”のは普通だよね」…つまり、つらい状況の時につらいとか悲しいとかイライラするとか感じるのは、普通のこと。
トラウマに対処する前に、まず、その状況を物理的に取り除かなければいけない。

そのためには、やっぱり基礎の現実対処(=自分の境界線の中を安全にしていくこと)が必要だ、と逆算して、改めて改めてよくわかりました。


と、私は毎回の PAY FORWARD でこのように「よくわかりました」と書くのだけれども、もうその「よくわかりました」はいいから、いい加減、その基礎的な部分を自分で行動しなければいけないのだということも、痛々しく感じています。


文節区切りの線

昨年から今年にかけて、背伸びして「Stage3」をいくつか受けてみて、どれを受けても結論は「やっぱり基礎」ということでした。
それは、受けてみたからこそわかったことなので、受けたことは無駄ではないと思っています。

その上で、来年はもっともっと、地味に地味に、基礎をやりたい(と言っておいて、また背伸びしたくなる回もあるかもしれませんが)。
行動のための時間を作って、計画して(これがとても苦手)、小さな一つ一つの安全を作っていきたい。


文節区切りの線

優月さんご自身の人生回復がかなりのハイペースだったという話はお聞きしてきましたが、その理由が、聞くごとにじわじわとわかってきています。

「勉強したことを自分と結びつけて適用させる力」「先を見通す力」「おおよその段取り・見込みをつける力」「計画し、無理なく実行する力」が、圧倒的に優れている。
そしてそれらは、そのまま、私にとってはものすごく苦手なところです。


苦手でも、人生回復を続ける以上は、少なくとも自分のことについてはこれをやっていかなければいけない。

苦手だから、時間がかかる。
だから、まずは時間を作るところから…「やっぱり基礎」だな。