A. Y. さん(30代/東京都よりご参加) でいじークラス
大切な私へ
今回のワークショップの締めくくりは、3ヶ月分だけでなく、2014年の締めくくりでもあるよね。
ほんと、「駆け抜けた」ね、私。去年一年の歩みにも増して、加速している気がするよ。
ありがとう。
今回の3ヶ月間も、現実の生活の中ではいろんなことがあったね。
たくさん過去の痛みが蘇る出来事があって、その度に、心が痛くて、たくさん泣いたよね。
とっても、とっても、痛かったね。
なんでこの世界って、こんなに生きにくいんだろうね。
なんで、周りにいる人たちってこんなに、みんなイバラのように、トゲを持っているんだろう。
そう今の私には感じる。
でも、そんな感覚すら、これまでの私は、子供の魔法を使って「麻痺」させて感じないようにしてきたんだよね。
だからこの痛みも、また成長だね。
そんな日々を乗り越えられたのは、毎日、『未来日記』を通して、自分と向き合ったからだよね。
私たち、たくさん、たーくさん話したもんね。
まさに二人三脚の歩み。
日々の痛みも、成長している証拠だよね。
だって、この二人三脚の歩み、1年前の私にはできなかったこと。
自分と喧嘩腰だった去年の私には、1年後にこんなにまで自分と仲直りしているとは、夢にも思っていなかったと思う。
そんな私の『未来日記』は、たくさんの文字で埋め尽くされていたね。
どのページもぎっしり、「私」が文字になって映し出されている。
今も、3ヶ月前も、書いている内容は、ほぼ一緒。それでも、私は成長していると感じ取れる。
それは、まさに、書いているから。
書いているからこそ、ミリ単位の成長に気づける。
そして、そのミリ単位の成長には、こんなに膨大な自分とのやりとりが、必要なんだって、気づいた。
この距離の歩みに必要なのは、こんだけの量なのか! って驚いたよ。
これがなかったら、このちいさな歩みすらないんだよね。
この気づきをはじめとして、この3ヶ月間で、大きく変化したと感じたのは、その「量」に関する感覚だと思う。
どれだけの量のことをしたら、どのくらいの結果が出るのか。
どれくらいの量のことが、どれくらいの時間でできることなのか。
自分がこれまでどれだけ理想であり幻想の世界に生きてきたのか、少しずつわかるようになってきた。
どっちが現実の世界で、どっちの世界が本物か、見分けられるようになってきたと思う。
それに気づきはじめたら、自分への優しさも比例して、生まれてきた気がする。
これまでよりも、ずっと、生きやすくなってきたし、自分を守れるようになってきたね。
わたし、着実に、賢くなってる。
大丈夫、これからもこの道を歩んでいける。
こっちの道の方が、これまで歩んできた、誰かが用意した道よりも、ずっといい。
七転八倒すらも楽しい。
生きているって感じがするもん。
私が生きている間に、気付けて良かった。
いま、31歳の私。
今では「まだ」って思える。
まだある。
この3ヶ月間、このコースがあったことに、このコースと共に歩めたことに、感謝します。
優月さん、ONSA スタッフの皆さん、私の成長のサポートをしてくださり、いつもありがとうございます。
でいじークラスの皆さん、皆さんの存在を感じることが何よりも、課題取り組みの励みでした。
12週間、お世話になりました!
そして、私へ。
がんばったね。
よくやったね。
偉いね。
ありがとう。
A. Y. さん(40代以上/東京都よりご参加) でいじークラス
この三か月で、一週目に書いた「自分の問題」「変化したいこと」について前進できた。
- 自分が好きなこと、やりたいことがさっぱりわからない
自分が好きなこと、やりたいことが少しずつでも見えてきていたい
→少しでも好きだと思えることをリストアップできた。 - 身体が歪んでいること
→身体を意識できることが増えた。 - 仕事ができないできないと自分を責め続けている
毎日ビクビクしたり自分を責めたりすることがないようになりたい
→自分を責めることをストップすることができるようになった。
ビクビクすることが劇的に減った。ビクビクすると気付けるようになった。 - にもかかわらずできるようになるための努力をしない、できるようになるためにどうしたらいいかわからない、仕事上の課題を解決できないこと
→そんな自分を受け入れることができるようになった。したくないからしないんだな、と思い、できなくてもいい、と思えるようになった。
今の状態は、今年初めごろにあった出来事のために落ち込んだ状態から脱出できただけで、去年の状態と同じとも言える。
ただ、去年は「なぜかそうなった」けど、今年は「こうしたからこうできた」がわかるようになった点が進歩だと思う。
三歩進んで二歩下がる、の繰り返し。
でも今までは二歩下がると「ああ私はダメ」と100%ダメになったかのように思っていた。
今後同じ状態になった時は、もう少しましなことができると思える。
それはとてもゆっくりな、大したことない歩みかもしれない。
でも前まではできなかったこと。
今回私は「機能不全家族に育ったこと」「それによって自分が苦しんだこと」を理解できた。
そして自分の心を意識し、自分の心に正直になろうとした。
それが何よりの今回の成果です。
H. E. さん(30代/愛知県よりご参加) でいじークラス
こうして、いざ書こうとするタイミングが1日遅くなってしまいました。
週末かけて自分の投稿を読み直していて、今回は、あとさきを考えていない私の投稿の量に泣きたくなりました。
それだけ言いたいことがあった濃い時間をまた過ごしていたということ。
内容は、重かった。(私にとって)
私の体も鉛みたいに重い…。
Aさん、Aさん、Kさん、それから優月さん。
「つながり」や「仲間」について考えたり、感じたりするきっかけを、ありがとうございました。
こんなにこんなに自分がそれを渇望して絶望しているなんて思わなかった。
両親との距離感で学んだ以外の距離感を、私は体感として知らない、とも思いました。
すごく近いか、誰もいないか、どちらか。
バウンダリーの知識、それから訓練、訓練、訓練。
積み重ねて、私の身体が覚えるまで、どれくらいかかるのかなぁ。
アップダウンを繰り返しながら、学習しなおしてゆくしかないんだなぁ。
そうなら、ゆっくり、ゆっくり、私と仲良くいられる、険悪にならない、丁寧に毎日のじかんを重ねながら、アップダウンの波も「ゆるやかに」あれるよう。
私、グラフの図をイメージしてみて。
私は、私も、そうありたいです。
過去からくる恐怖がやわらいで、もう一層その下にある「感情」に強く届くようになった。
私にとって、重い内容だったということについては、そういう感じがしています。
読み返していて、こんかい、私なりの大きなテーマがあったと感じました。
「つながり」と「仲間」、それから「仕事」と「はたらくということ」。
「罪悪感」と、びっくりするほど習慣も深く根付いている「自己否定感」が一緒にありました。
「自己否定感」にいたっては、浴室の目地のシリコンの奥まで根付いてとれない頑固なカビさんみたいなイメージです。
これはいったいどういうことなのだ、いかにして、こうなっているのだ。
自分の投稿を読みながらメモしてメモしてメモしてメモして、今なりの答えはああこうだ…と思いました。
私は大好きだった父や母から、人格を否定する言葉を浴びて生きてきて、その言葉は私の身体にしみついてる。
(加えて、必要なライフスキルを身につけてきていない。生きやすい生き方を学べるモデルもいなかった。)
10回に1回できたことが、2回できるようになる、気がついたら3回できてる。
いきなり10回に10回…9回なんて無理がありすぎる。
「私の行動(習慣)」がどれほど壊滅的でも、「私という存在は変わらず素晴らしい」。
それが分かるようになったから、私はずいぶん「責めない」を意識的にできるようになったよ。
巻き込まれてぐるぐるにならなくなったから、「罪悪感」を観察することができました。
私は、家の中で「悪い人間」だったのです。
私は、家の中で「犯罪者」だったのです。
そうじゃないよ。
私は、ふつうのいい子だよ。
どこにでもいる、ふつうのいい子だったよ。
そう自分に言ってあげられて、すこし涙がにじみます。
本当は、小さい私に、誰かが、そう言ってほしかった。
私がこうして言ってあげられるまで、こんなに時間がかかってしまって本当にごめんね、と思います。
辛くて痛くて、罪悪感でいっぱいで、文字通りフリーズしていた私に、もう一歩、会えた気がしています。
私の中に埋まっている、自己否定の感覚も果てしなく、私にとって壊滅的だと改めて認識しました。
「私は卑しい」、「私は卑怯だ」、「私はいじきたない」、「私はみっともない」。
親のお情けにすがって、媚びて、みっともなくて恥ずかしくて情けなくて辛くていやなのに、すがることも媚びることも「私は止めることができない」という感覚。
「乞食の空笑い」、「乞食も三日すれば忘れられぬ」、どちらのことわざも、私の習慣そのもの。
子どもにとって生存に関わる、仕方のないことだった、とあたまでは分かっても、その「生き方」が、今も習慣として私の身体にこびりついているこの感覚。
私は、とてもストレスを感じています。
「私は性根の腐った人間」「ダメな人間」「ろくでもない」という私の信念。
これは、父母が、父母それぞれ自身の存在価値を確認するために、子どもの私は「性根の腐ったダメ人間」であって、父母に迷惑をかけなければいけなかった。
そういう無意識化の共同作業の結果、私のなかに形成された信念です。
「お金を欲しがる」、「お金がかかる」、「食事を食べる」、「お金がかかる」、「手間がかかる」。
母からうけとる、「煩わしい」、「許せない」という言語と非言語のメッセージ。
「私には価値がない」という根深い感覚。
「価値がないのに、お金を使わせて、お世話をいただいて、本当に申し訳ない」という感覚。
「申し訳ないのに、それでも、受け取らなくては、私は生きていけない」
「ズルでも何でも、かすめ取らなければ欲しいものは手に入らない」
恥ずかしさより、情けなさより、生存と欲が、私のなかで強烈に優先して、私の中でどうしようもないこの感覚。
この「私は止めることができない」という感覚に、私はいまも、しょっちゅう…毎日、辛くなるともう毎瞬でも、流されています。
何度も何度も、「私は本当に依存症だ」と思い知る日が続いています。
10回に1回できたことが、2回できるようになる、気がついたら3回できてる。
そうして、今に踏ん張れる時間を増やしてゆけますように。
がんばりではないと思いつつ、同時にどうがんばればいいのか全然分からない気持ちで過ごす日々が続いています。
どれっっっっッッほどに、自分で自分を満たすことが、満たせるようになることが重要なのか、ということです。
人と人の間にあるのが人間。
人にとって「つながり」が大切ということは、「刺激=ストローク」がないと人間は、どんな人間も「自分」が認識できない、ということだろうなぁと私は思いました。
つまり、「つながり」がなければ、どんな人間も、「自分の存在価値」は確認できない。
そのつながりって、「人とのつながり」より、「私とのつながり」が、安定供給かつ、深くて、的確で、自立には不可欠。
自分で自分の存在価値を確認できないことは、本当に本当に致命的なことだ、と今回、私は今までより、身をもって実感できた気がしています。
共依存問題の中核をもう一歩実感できた、と言ってもいい気がしていて…それは本当に価値のあることだったと思います。
猛烈にがんばって、がんばってがんばって、気がつくとすぐに加速してゆく私、というのは、まさに嗜癖しやすい習慣をもつ私のサインだと思いました。
「刺激=ストローク」を渇望しすぎていて、「ん? 行き過ぎそうだぞ」という感覚に気がつけない。
うっすらとどこかで気がついても、そこで踏ん張って止まれる筋力もなく、どんどん流されてゆく。
だから、「ゆっくり、ゆっくり、心がけて、ゆっくり、丁寧に」取り組むことで、依存症者の私でも、「切る」「止まる」をできる余裕がようやく生まれる。
(それでも、最初は、できたり、できなかったり。…できないことの方が多かったり。)
きっと、そうなんだ、そういうことなんだっていうことも、ようやくほんのり掴めました。
アップダウンの波も「ゆるやかに」、それが「遅いは早い」、そういうことかなって。
私が、それをほんのりとでも分かった気がすること。
これは「大成果」、本当にそう思います。
「仕事」と「はたらく」ということも、この3ヶ月のずっとのテーマでした。
過去の家の中で過ごした時間のなかで得てきた「大変そうなお母さんを無視して、はたらかない私は悪い人間だ」という罪悪感でいっぱいの信念と、「ダメな人間であれば、ストローク(刺激)を得られて、人格否定でも何でも人と繋がりを感じる(存在を確認する)ことができる」という私のメチャクチャ破滅的なコントロールの習慣。
それも関係して、いろんな感情とか、危うい私の処世術や思い込みが、すこし浮いてきたような気がしています。
「仕事」と「はたらく」ということ。
12週目もそのことにしがみついていて、ようやく、私のなかで、今なりにひとつ答えが出せたと感じています。
私のなかの今の答えはこうです。
「仕事」と、「はたらくこと」は同じにもなりうるけれど、今の私にとっては「別のこと」でした。
それぞれの言葉は、同じことを指してはいなかった。
私は、それを同じものだと考えて扱っていたから、苦しくなっていたみたいです。
「はたらく」というのは、社会的な行為、人と関わることだと思いました。
人や社会の役にたつことをすることが、「はたらく」ことだと思いました。
個人の労力を少しずつ分け合いながら、人と人はつながって、そして社会がなりたっている。
「はたらく」というのは、健全に(つまり私重心で、相手も大切にしながら)「私(の資源)を差し出す」ことだとも思いました。
(それに「どうもありがとう」って、その労力に「報いる」ことが、お金をはらう(必要なものと交換する)ってことなんじゃないかなぁと、物々交換の頃の時間に思いを馳せました。)
この社会のなかで、私も私にできることをして、機能している、役にたっている、そういう実感。
それは、なんというか、この現実のなかで生きていくうえで、かけがえのないストロークだと私は感じました。
だから「はたらく」ということの本質に「私らしさ」というのは含まない。
ただ「私らしく」あれたら「より幸福」で、かつてなくそれをかなえることが可能な社会でもある、とも思いました。
…でも、特段「私らしく」はたらかなくても、幸福だと思う。
放っておいても、私に集中していられたら私らしくなってしまうだろうし、私にできることをして、誰かの役にたてている、そういう実感があれば、それは幸福なんじゃないかなって思いました。
そしてその実感をどう感じてゆくかといえば、自分で自分にストロークをあげる、続ける、続ける、これなんだっていう結論です。
本当は、それを、まず子どものころから、家族という最小単位の社会のなかで練習するものだったんじゃないかしら、と推測しています。
父母と私、お互い存在価値を確認するために(共依存)、「ろくでもないダメな人間」になって、「乞食の空笑い」をして、「乞食も三日すれば忘れられぬ」状態で、家族の中で生きていた私にとって、「はたらく」ということは、道理でとても根性の要ることでした。
過去に私ははたらいてはいけなかったし、はたらかない悪い人間だったんだもの。
本当に取り組めてよかった。
混迷しまくる私の毎日を投稿させてくれたでいじークラスのみんなに、私は本当に感謝しています。
ありがとうございました!
何度も、何度も、「私はよくやっている」、「私はよくやっていた」ってとなえています。
「私は役に立っている、大丈夫」、「私の仕事は、ちゃんと役にたっている。だから大丈夫」って、何度もとなえています。
私は、ここからだって思います。
ここがスタート地点、と思います。
「こなす」のではなく、「向き合いたい」。
「仕事」は、「成すこと」「すること」のことを指していました。
私の「仕事」は、回復だし、「こなす」のではなく「向き合う」こと。
私に、目の前にあることに、まっすぐまっすぐ正直に向き合うこと。
私という存在を大切にすること。
それが私の「仕事」です。
この3ヶ月のあいだ、「私は、ひとりになりたくて回復してるんじゃないの」という私の悲痛な主張を、何度も何度も聞きました。
誰か助けて!
私のこと理解して、私の代わりに分かって、生きる方法を教えて!
私に関わって、私の存在を確認させて!
私のこと、大切だと言って!!!
何度も、何度も、そういう気持ちでいっぱいになりました。(今もなります。)
「そうだね、そして私はひとりじゃないよ」って声をかけると、「でも誰も助けてくれなかったもん…私はひとりだもん…」って何度もそういう気持ちになります。
ここに居るかぎり、私は変わらないでいいから、ここに居たいんだなって思います。
そうやって「ダメな私」になると、つながりを感じられて、私は一瞬でも「不安」を忘れられた。
私とつながること、肯定的なストロークで私を満たせるようになること。
それから、そうやって私を満たしながら、社会のなかで「はたらく」こと。
回復の勉強を続けること、続けてゆくこと。
そのことに、集中すること。
私は、私を褒めよう、認めようとすると、「…こうやって認めたらいいんでしょ」、「…こうやって褒めればいいんでしょ」って、なってました。
変わらず私はどこか、腑に落ちてない部分があって、「本気の本気」で私を褒める認める! ができなかったです。
そしてようやく、本当にようやくです。
「私は、本当に辛かった。そして、本当に本当によくやっていた」って言ってあげられました。
私は、本当に辛かったのです。
家のなかで、犯罪者みたいに扱われること。
自分の存在することについての、言うに言われぬ感覚。
やわらかい子どもだった私に投げられていた、人格を否定するようなものいい、ムード。
それは改めて本当に残酷で、私のなかでおおきな傷だし、おおきな問題を私の中に残している、と思いました。
今の職場で、今日は8年目の1歩でした。
それが私のスタート地点だなんて、という気持ちがあります。
そして、先を見すぎるのではなく、今日も、明日も、今日のこのいちにちに集中。
大切にできない日があってもいい、全然いい。
まずは、そのことに集中することから。
毎日スタート地点。
今の私には途方もなく感じられるけれど、そうやって生きられるパワーがあったら、すごくいいなぁ。
比喩でも実際でも、ハラ6分目くらいでやめられるといいです。
初心者マークを、いつもピカピカに磨いていたいです。
それを持ち続けていられることは、とても豊かな私の財産だと思うから、大切に大切にしたいです。
心をひらく、このことも大切に。
それから、待つことを楽しめると素敵です。
つまり「満足の遅延」なのだと思うけれど、楽しめるようになれたら本当に素敵。
生き甲斐って、生きてる実感のことだと思いました。
それならホントにとにかく、私にストローク、ストローク。
何かをがんばりたいのなら、引き続き私はこれをがんばろうと思います。
これまで、にっこり笑って、無かった事にして、いい人、可愛い子を演じて、無意識にポイポイ放り投げていた、びっくりするような私の感情。
人格を否定するような言葉ばかり四六時中浴びて育ってきただけあって、私の中に浮いてくる言葉や感情も壮絶で、正直、これは、本当に本当に要再訓練…と途方に暮れている部分もあります。
まさに「私性根が腐ってる」って気がしてきてしまいます。
(そうして私は親の正しさを証明してたのかもしれないよね…)
私の周りの人は関係ないよ、みんな素晴らしいけどね、私は私で素晴らしいのです。
私は立派な人格者なんかにならなくっていい。
そんなことしなくていい。
目指さなくていい。
何度も、まず、私は私に、本当に、あたたかく、やさしく、褒めたり、認めたり、四六時中そういう声をかけてあげられるようになろう。
それが、今の私にとって、何より価値のある、豊かなことだと思います。
最後に、3ヶ月、ご一緒してくださったでいじークラスの仲間の3人のかたに。
それから優月さん、スタッフさんに。
安心して私に向き合おうと取り組める場を分けてくださって、本当にありがとうございました。
どこまでも外側に向かおう、人の役にたって私の存在価値を確認したい、そういう欲深い私に笑ってしまったのですが、私のコケっぷり? 混迷ぷり? が、私の中だけでなく、何かみんなの学びにもなっていたら本当に幸いです! と思いました。
私にも、たくさんの気付き、共感、学びを分けてくださって、ありがとうございます。
読み返していて、本当につながっているんだなぁと私は思いました。
ひとりで取り組むより、本当に豊かで、そして幸いです。
少し早いかもしれないけれど、あたたかくされて、どうぞよいお年を。
それから、私も含め、それぞれの回復の道の安全を心からお祈りします。
A. M. さん(20代/愛知県よりご参加) でいじークラス
でいじークラスの皆さん、優月さん、ONSA の皆さん、私。
12週間ありがとうございました!!
あっという間…というよりも私にとっては長くてしんどい3ヶ月でした。
何がしんどいかって向き合えない自分を見るのがつらかった。
課題と向き合わない為なら、生活をぐしゃぐしゃにしたり、何も生まないネットサーフィンやウインドウショッピングに時間や自分のあらゆるものをつぎ込んでる。
冷やかに何をしてるんだかって思う自分もいるのに、見ないようにして一瞬の楽さに流れてる。
それを自覚するのは、本当に苦痛でした。
今思えば、それは今までのやり方でとーっても手ごわい習慣なわけで、それをコツコツと変えていく訓練をしているのだから一瞬で変わらないのは当たり前の話。
ここから何度でもトライしていく練習中なのだから、しがみつく私は勇気があってほめちゃっていいことなんだ、と思います。
頑張っていた、と同時に自分に厳しい12週間でした。
振り返ってみれば、私は本当に頑張ってた。
そして STEP.1で練習した自分褒めが抜けてしまって、自分に厳しい自分責めでしんどかったんだなあと思います。
1週目の頃、もう随分自分のできないことやわかってないこと(私が私の感情が分からない・好き嫌いが分からない)がどんなことなのか知ってこれたように思っていました。
課題の中で自分の問題・テーマみたいなものを挙げて「そうそう、そうなのよ」とわかってきたと思っていましたが、今振り返ると1週目の時よりも、私がどのくらい深刻に分かってないのかが感じられてきた気がします。
自分の麻痺の度合いがどんな程度なのか。
身近なところで、どんな時にそれが起きてるのか。
日常生活の中での影響に「むむむっ!!」と気づくことがチラホラ出てきました。
これが心の筋力みたいなものなのかなって思います。
WORKSHOP の中で「筋力」という言い方が出てきて、最初はイメージできなかったのですが、最近ストンと落ちてきました。
私の体も心も軸がぐらぐらしていて、横から押されたらふらついてしまう感じ。
踏ん張るにはバランスがとれなくて、変な体制になっていても、そこから動いたりする筋力がない。
また、変な体制で痛いはずなのにずっとその体制だから、麻痺してわからなくなってる。
そんな風にイメージすると自分の状況がより理解できてきた気がします。
あとこれもついつい忘れがちになっちゃうけど、「わたしはわたしのままでいいんだよ」ということ。これがすごくうれしかったです。
達成じゃなくて、毎日のしがみつきが私の人生を良くしていく。
ひとつひとつがつながってる。
それと同時に今の私自身がそれだけで、そのままで十分 OK な存在っていうのは、私の意識には何度言われても忘れてしまうことだから、改めて確認して救われる~という感じです。
最後になりましたが、クラスの皆さんと一緒に歩めたこと本当に心強かったです。
コメントをしたりなんてことは、ほとんどありませんでしたが、長い12週間の中でどこにも行けない気持ちになった時に、皆さんの投稿が励みになりました。
本当にありがとうございました。