

M. K. さん(40代以上/神奈川県よりご参加) ぷりむらクラス

この3ヶ月間、本気で課題に取り組んだ自分、本当によく頑張りました。
体調が悪く、睡眠不足のときも、課題に向き合い、自分を見つめなおしてみました。
3か月の自分の提出を振り返り、いかに、思い込みにしばられていたかにつきます。
時間がない……という思い込みも……。
自分がまずなにを優先順位にしていたか(本心ではなく、他人からみた目線をきにしていた)などなど。
3か月、真剣にむきあって、『夢かな手帳』と仲良くなり、自分の習慣、思い込みもずいぶんと変化しました。
この調子!
長年の思い込みがまた出てきてしまうこともあるかもしれないけれど、講座が終了しても、引き続き『夢かな手帳』と仲良く、自分を主体に、毎日をわくわくとすごしていこう。
本当に思い切って参加してよかったです。
優月さん、ONSA のスタッフの皆様、こころから御礼申し上げます。
ありがとうございました!!

I. R. さん(30代/大阪府よりご参加) ぷりむらクラス

こうやって 12週間を振り返ってみると、最初のころは何を書いたらいいのか分からなかったというか、自分の気持ちを表現する言葉がうまく見つからなくて、表面的な事しか書けていなかったね。
でも、皆の書き込みを見るうちに、環境や状況は違ったとしても共感出来る部分があったり、励ましになったりしたからかな?
だんだんと思ったことを率直に書けるようになったね。
課題の中で最初に印象的というかびっくりしたのが、第2週の課題。
自分で自分にストロークなんて与えていいんだ!? って。
今まで自分は、周りの人に「○(マル)」をもらうためだけに、色んなことをしたり気を遣ったり、そりゃあ振り回されるよね。疲れるよね。
自分が出来たことは、まず自分で認めてあげなきゃ。
これは目からウロコだったね。

この 12週間の『夢かな手帳』を見返してみると、第1回「真剣手帳ウィーク」あたりから、手帳の密度が増して、最初は単に会社の予定を入れているだけだった手帳も、ONSA の課題を常に目に留まるところに書いて、意識して一週間を過ごすようになったり、「TO DO リスト」や今までほとんど使わなかった月間表まで書くようになって、そしてそれに付随するように仕事が落ち着いてきたとともに、今まで毎日のようにおこっていた頭痛も少なくなってきたね。
これには本当にびっくり。
頭痛の原因が、考え方のクセからくるものだったなんて。
これからは、仕事には振り回されない!
何かあってもスケジュール帳を見て、リスケすれば全然 OK。
これは本当に肝に銘じたい。
スケジュール帳と仲良くなりはじめてから、今まで面倒で後回しにしていた仕事関係の手続き、処理や、やりたかったけど何かと理由をつけて後回しにしていたセミナーの参加。
習い事も、まだ一回しか行けてないけど習い始めることが出来て、スケジュールに自分の意思や思いを入れることが出来るようになってきたなぁと思う。
あとは、会社の同僚とムダ話をしなくなったね。
コミュニケーションが少なくなって、自分と向き合う時間、「灯台の時間」を取ることが増えたからかな。
それがいいことかどうかは分からないけど、負のストロークをもらうための会話ならしないほうがいいかな、と今は思うね。

最後に、第1週目の課題で「WORKSHOP に参加することでどうなっていたいか?」の答えを、もう一度今の自分に問うてみたら、あの時よりも自分がどうなりたいのか、どうしたいのかが、今のほうがより具体的に分かるようになったね。
たぶん、私は子育てをしながら自信がなくて、だって、子供を家族を心から大切に思えない瞬間があったりして、それを責めていたんだね。
何の為に生きているのかってことは今でも明確には分からないけど、でも自分にとって大切な存在はやっぱり娘であり、それを支えてくれる、共有してくれる旦那だってことに気付いたね。
WORKSHOP に参加する前は、保育園と会社の往復で全く時間に余裕がなくて、でも問題は時間に余裕がないことじゃなくて、それに気付けていなかった自分。
余裕がないから自分の気持ちにもフタをして、気付かないフリをして、周りにもお願いが出来なくて、全部全部を自分でやって自分で処理しようとして、でもやっぱりそんなこと無理で、だから口癖は「すみません」「申し訳ありません」。
毎日毎日そんな言葉を繰り返して、だから自分は謝るために生活してるのかなぁ、って。
そんなの苦しいよね。
そりゃあ何のために生活してるのか、生きてるのか、分からなくもなるよね。

だから、時間の優先順位を意識してつけること、スケジュール帳と仲良くなることで時間にも気持ちにも余裕が出てきて、体調もよくなってきて、娘と他愛ないことで笑いあったりして、それはそれは楽しくて、で、少しの事でイライラしなくなったから、感情にまかせて叱りつけることも減ったよね。
結婚するときに誰かに宣言したこと。
「毎日を丁寧に暮らしたい」。
旦那がいて、娘がいて、家を居心地いい落ち着ける場所にして家族で平和にくつろぐ時間を持ちたい。
それが私の大切にしたいこと。
仕事じゃなくてキャリアじゃなくて、周囲のがんばってるね、すごいね、なんて言葉はもういらないね。
この気持ちとしっかり手をつないで、穏やかにでもしっかりと前を向いて歩いて行こうね。

F. K. さん(30代/千葉県よりご参加) ぷりむらクラス

今回は、まったく感想が出てこない。
この3ヵ月間の私の歩みを振り返っても、実感がわかない。
どこか他人事。
★どんな気づきがあったか。
・私の本音を綴ることができるようになった。
・脚本から卒業したい、脱したいと幾度となく書いていること。
・この5年という期間に対して、私と家族との間に認識の違いがあったこと。
・私に起こったことは事実でもあり、小さな私が決断した結果であったこと。
・本当は苦しいし、辛いということ。
・まだまだ未消化の出来事があったこと。
・既に消化済みだと思っていた事柄の別の側面に対しては、まだ未消化であったこと。
・両親に用意された人生コースに乗れずにいて、けっきょく何も達成していないことが、辛さ苦しさの要因の一つであること。
・第1週目の自己紹介で、前回は書くことに躊躇した中学時代のもうひとつの引っかかりについて書くことができたことで、20代半ばからうまくゆかなかった出来事についての、子どもの頃のルーツを見つけることができた。
・今まで必死に外側の意見や時間に合わせようとしていた私が見えてきたこと。
・一日の大半を、課題に取り組む時間に費やしていること。
・日常生活の出来事がきっかけで、私の心が大きく揺れる出来事がふたつあったことで、インナーチャイルドのうずきがみえたこと、私が本当は5年前にそれを思って、ずっと抱えてきた思いだったことを、第11週目の課題「出さない手紙」の中で言語化できたこと。

★どんな風に変わったか。
・私の状況が見えてきた。
・私は変わりたいと願っている。変わってゆきたいと願っている。
・脚本から脱して、ちゃんと「私の心」を取り戻して、「私」を知って、「私の先にあるもの」を掘り出してゆきたいと思い始めたこと。
・『未来日記』に本気で向き合い始めたら、明るく微笑むインナーチャイルドと出会えたこと。
・空っぽの「私」の空っぽの私の人生という時間。
そこにちゃんと私の手で、もう一度灯火を与えたいと思っている私の気持ちは大事にしてあげたいと思っているということ。
・第5週目クラス期間に、価値観の変換というトンネルを一瞬で抜けることができて、心がスッキリしたこと。

今回クラスをご一緒したみなさま、3ヵ月間ありがとうございました。
このような安全な空間を運営していただいた優月さんをはじめスタッフの皆様には、感謝しております。
3ヵ月間、お世話になりました。
ありがとうございました。

T. Y. さん(40代以上/千葉県よりご参加) ぷりむらクラス

3ヶ月間はほんとにあっという間でした。
そして、毎週、なんとか課題にしがみついていたけど、自分とずっと一緒にいた3ヶ月でした。
まず、最後まで、ここまでこれて、よかった。
ほんとによくできました。
これまでわすれていたけど、振り返ってみると、自分なりに大変な時期だったのに、ワークショップから手を離さず、毎週自分を見つめることをやめませんでした。
課題は、これまでに知っていたことばかりだったけど、実際にやってみるとぜんぜん違った。
知ってるのと、実際にやってみた感覚の差は大きかったな。
とにかく毎週課題をやってみて、うまくいってもいかなくても、自分と向き合い続けたね。

最初に、
“実感をもって、自分の時間に一緒に進んで行けるように変わりたい”
と書いていて、すっかりわすれていたけど、『未来日記』の中に、
“時間の質感? 量? を感じられるようになった”
と書いていて、なんと、思ったところに進んでるじゃない?
小さなことでもスケジュール帳に書くようになって、限られた時間にその分のことをする、と意識するようになった。
時間は意識しないとあっという間にすぎてしまう。
無限に感じられても、わたしのもっている時間は限られていて、その時間でできることも限られている。
どのくらい、何ができるか、というのは最初はわからないし、状況にあわせて見直していくしかない。

以前より、先を見れるようになったかな。
忙しいときは、あれもこれもできてない、全部やらなきゃ、と思って残業してクタクタになってたけど、今はここまできたから大丈夫、続きは明日、と思えるようになった。
限られた時間につめこみすぎても、うまくいかない。
1度に1つのこと、限られた時間にはその分のこと。
やっていけば、ちゃんと進める。
うまくいかなくても、失敗しても、なげださず、またやれば前に進める。
時間をつくって、自分がどうしたいか確かめて、行動すれば進んでいける。
時間は自由で何に使ってもいいんだということ、今の時間に何をするかは自分が選べばいいんだということ。
以前は “やりたいけど、でも、” と躊躇していたことも、その “でも” は何とかなるし、今予定をつくらないときっとやらないよ、と思って、スケジュールと相談しながら予定をいれるようになったね。
先に楽しみを1つ、おいておくみたいで、いいよね。
休日の大きな時間のカタマリはまだ苦手だけど、自分がやりたいことにもっと時間をすごせるといいなぁ。

それから、ホメるというのはホントに苦手だった。
ほめる言葉のボキャブラリーの少なさにびっくりした。
わたしは今までほめられたことが少なかったんだなぁ、と感じました。
そして、自分で自分をほめる、というのはほんとにいい考え。
誰かに褒めてもらわなくても、誰かに認めてもらわなくても、自分で自分を認めてほめてしまえばいいね。
時間を誰のために使っているか、はちょっとよく捉えられなかった気がする。
自分のために使っているようでも、他の人の言ったことにずっと囚われていたりだとか、自分が自分の中にいなかったりだとか。
そういう時間は、自分の時間でないように思う。
そのことに気づけたのはよかったな。

これまでのスケジュール帳を見ていて、時間の使い方を変えるということは変化する、ということだな、と思う。
今過ごした時間が、今書いた予定が、この先の未来につながる。
自分の人生は自分がすごした時間そのもの。
なら、わたしは自分で道を選んで、わたしの足で、ここから歩いていきたい。
このワークショップはほんとうに暖かい場所でした。
人と比べず、自分のペースでなにをいってもいい。
こんなに穏やかに、自分のままでものごとを進められるんだ、というのは驚きでした。
うまくできなくても、完璧じゃなくても、間違っていてもいい。
一気に大きく進まなくても、1つ1つ進んでいって、スケジュールをつけることが習慣になり、前とは違う感覚で時間を捉えるようになりました。

そして、自分のペースで進んでいいんだ、ということ。
うまくいかなければ、何度やってもいいんだっていうこと。
失敗がゲームオーバーではない、ということ。
あぁ、そういうやりかたがあるんだ、という思いでした。
それなら、わたしは本当に自分がやりたいことをできるかもしれない。
本当に自分がやりたいことのためには、そうするしかないなぁ、と思います。
コミュニケーション・ルームには参加できなかったけど、同じ課題に一緒に取り組んで、自分を真剣に見つめている人たちがいることを感じられるのは、とても心強かった。
心の中で、応援していたり、逃げずに取り組む姿勢から私が励まされたりしていました。
安心して自分が思うことを書けたのも、みんなが安全な場所をつくってくれたからなのです。
ほんとうにありがとうございました。

N. I. さん(30代/広島県よりご参加) ぷりむらクラス

今回で、3回目となる Web. WORKSHOP ですが、やっぱりあっという間の12週間でした。
私は、自分の時間を整える習慣がほとんどなく、自分が抱えている問題(共依存)を解決するためにも、時間を整える習慣を身に付けたいと思い、参加しました。
課題に取り組んでいる最中は必死で、上手くいかないことだらけでした。
仕事が忙しい日は「疲れている」を理由にして「灯台の時間」を1 0分しかとらなかったり、課題のことを全く意識せずに過ごした日や、スケジュールが真っ白な日もありました。
前に進んでいる感じがあまりなくて、このままの自分で変われなかったらどうしよう……と思うことも度々ありました。
それでも3ヶ月たって振り返ってみると、考え方というか、思考のパターンが少しずつ変わってきたかなと思います。

以前はモヤモヤしてくると、本屋さんでブラブラしたりテレビやインターネットを見て気を紛らわそうとしていましたが、最近はモヤモヤしてきたら「灯台の時間」を1分でもとるようになりました。
ほんの少しの時間でも、自分の心の声を吐き出していくと、気持ちが落ち着きます。
自分の時間や体力を削ってまで仕事を頑張らなくてもいいよ、と自分を許してあげることも、以前と比べると出来るようになりました。
私は、マイナス感情(怒りとか恐れとか)を持つことは悪いことで、なんでもポジティブに物事を捉えなければダメな人間だと思っていました。
ですので、自分の中にあるマイナスの感情に蓋をして、見ないようにしてきました。
長い間、自分の中のマイナス感情から目を逸らしていましたが、WORKSHOP に参加してから、表現する・しないは別として、自分の感情を抑えつけることが減り、自分が感じていることを意識できる回数が増えてきました。
スケジュール帳はまだまだ活用しきれていませんが、気負わず自分のペースで使えるようにしていこうと思うようになりました。
(以前はスケジュール帳に完璧に予定を書き込むか、完璧に出来ないなら真っ白のまま放置のどちらかでした。)

それから、WORKSHOP だと一緒に進む仲間がいるので、心強かったです。
皆さんの書き込みを読んで、自分でも意識していなかった自分の問題に目が向くようになったり、元気をもらったり……。
何より、一人ぼっちじゃないってことが、前に進む力をくれました。
ぷりむらクラスの皆さま、優月さん、ONSA スタッフの皆さま、12週間とういう時間をご一緒することができて良かったです。
ありがとうございます。
私は、まだまだこれから! というところですが、苦しくても自分の人生を諦めないと決めました。
そう思えるのも、皆様のおかげです。
本当に、ありがとうございました!
それから、上手くいかなくても、ジリジリでも前に進み続けた自分、偉かった!!

Y. E. さん(20代/茨城県よりご参加) ぷりむらクラス

今現在の心境は、とりあえず 12週間お疲れ様でした。
よく自分でも飽きずに、投げ出さずに、諦めないで課題を出し続ける事が出来た事は、本当に良かったと思う。
残念ながらワークショップは終わってしまうが、まだまだ足りない、もうちょっと続けていきたいという気持ちもある。
そのぐらい、12週間、3ヶ月間が長いようであっという間だったと感じる。
私は最初、ワークショップに参加したいとは思っていたのだが、金額の高さから引け目というか抵抗を感じていた。
正直「高いなあ~。どうしようかなあ」って迷っていた。
だけど心の中ではもうすでに、答えは出ていた。
「やりたいって思うのならやろう!」
と思い立ってからは、迷いもなく参加を決めた。
意外とすんなりと入る事が出来た。
たとえ金額が高くても、これは私にとっては必要な事なんだと信じて。

「ONSA apartment. Room」に入ってから、私は徐々に自分の中にある問題や、周囲の問題を少しずつ感じるようになってきた。
そうでなくても、今まで生きてきた中で、どうして私はやる事なす事うまくいかないのか。
どうして、他の人間達に出来ている事が、何故私の場合は裏目に出てしまうんだろう。
何で、私の真意とは裏腹に、他の人間達には誤った形で誤解されてしまうのか。
違和感を感じてきた自分の人生と、家族の事、今までの人間関係に疑問が湧き始めた。
早く家を出たいのに、どうして現実は私の気持ちを踏みにじるような事しか起こらないの?
一昨年まで公務員試験に専念していた私。
やっと一次で受かったけれど、面接でダメになってしまい、悔しさを訴えたら指導を受けていた教師から
「臨時職ばかりやっていた自分を恥じろ」
と、きつく冷たい一言のせいで、私は公務員になるという目標も意欲も失った。

同時に、私って何をやりたいんだろう。
本当に私は公務員になりたいって思っているんだろうか。
子供の頃は漫画家になりたい、声優になりたいとか、素直に夢見ていた時期もあったし、趣味に没頭し楽しんでいた。
素直に夢見ていたはずなのに、どこで置き忘れてしまったのか。
今の私は、何をやりたいの?
今の私には、趣味らしい趣味も、情熱とワクワクする感情も、何もない。
ただネットを見て、メールをクリックするか、ダラダラネットサーフィンして一日が終わってしまう。
時々、机や棚にしまったままの真っ白なノートと、クロッキー帳、使わなくなった画材道具を見てはどうして、どこで私は夢を叶える事を思わなくなったのかと思うけど、理由は分からない。
今の私の生活は、ただ仕事場に行ってルーティンワークをこなして、終わったら直帰で家ではダラダラして一日が終わってしまう。
同時に、私には気の許せる友人達や人間達も本当はいないんじゃないのかと、段々人間関係に疑問が湧いてきた。
ただでさえ私は、周囲の人間達に誤解され、いじめられからかわれ、傷つけられてきたのに。

どうして私って、似たような失敗ばかり繰り返してしまうんだろうと。
ワークショップに参加されているみなさんはご存知だと思うので言いませんが、私は過去の過ちから、自分の人生を変えようと思い立ったのが大きかった。
このままでいたら、自分自身がダメになってしまう。
同じ失敗を繰り返してしまう。
もうこれ以上、相手もそうだが自分自身を傷つけたくない。
他人の視線や気持ちを気にしすぎて、失われてしまった自分自身の気持ちを取り戻したい。
自分の本当の望み、気持ちに素直になる事だ。
自分が、本当に欲しいものって何なの?
きっかけが欲しい。
去年の終わりぐらいから、自分の人生を変えるきっかけが欲しい。
何とか停滞しがちな生活を変えたいと、強く思い始めた。

そんな中で久々に手にした『夢かな手帳』と、優月さんの公式サイトとの出会い。
今まで使いこなせていなかった『夢かな手帳』、自分自身の気持ちに素直になる最強のツール『未来日記』。
もう一度、『夢かな手帳』と仲良くしようと決めてからが、転換期だったのかな。
特に『未来日記』は、私の気持ちを素直にさらけ出す事が出来て、手放せなくなった。
自分の中でモヤモヤした気持ちとその原因を書いていくと、ちゃんと自分がどうしたいのかが分かってきたから。
最初は、こんなこと書いていいのか、ただでさえ書くのも、口に出すのも辛く恥ずかしいのに、余計に酷くなるんじゃないかと心配だった。
ところが現実は違った。
辛い事でも、怒りを覚えた事でも、自分自身の中にある問題を言葉に出すときちんと現実問題として直視できる。
不思議と心の中が軽くなった。
私はそんなに弱くないんだと思えた。
徐々に、自分の心の内を文章にしていく事が出来た。

それでも時には感情的になりすぎて、汚い言葉を使ってしまったり、「i-message」を忘れてしまったりしたこと。
また、仕事の関係で時間が少なくなってしまって、ひょっとしたら今週の課題は提出できないんじゃないかとも不安になった。
時々「Communication Room」で皆さんの意見を読んだり、交換し合ったり、優月さんの「今週のメッセージ」と課題についての説明を繰り返し読んだりして、再び課題に向き合ってみたりもしたが、その度に悩んでいるのは私だけじゃないと思いなおす事が出来た。
ただ、もうちょっと「Communication Room」は利用しても良かったなあ。
もっと皆さんと話したかった。
それが心残り。
一番私の心に効果があったのは、優月さんの著書でおなじみの「灯台の時間」。
仕事帰りにカフェに寄って、『未来日記』やノートに自分の感じる事、思う事を書いていくと、不思議と自分の欲しいもの、望んでいる事が少しずつ分かってきたから。
やっぱり、現時点での私の気持ちは、実家を出ることだと再確認できた。
私は、就職に有利になる資格とかではなくて、精神的に安定した環境が欲しいのだと、「灯台の時間」で書いたノートを読み返して分かった。

ワークショップを受ける前の私は、他人の言動に振り回されっぱなしだった。
不安を感じるたびに、自分のやろうとしている事が大丈夫なのか確かめたくて、友人や家族に聞いたりしていた。
その度に、私は周囲の人間達の言動に怒り、不安と不信感は増し、心の中はモヤモヤして、何が何だか、自分の望みが何なのか、分からなくなってしまっていた。
自分の中では、「こうしたい」「やりたい」っていうビジョンが既にあるのに、自分に自信がなくて、いつも他人に聞いていた。
だけど、周囲の人間達の言う事は、私の意志をまるで無視するか、奪うかのように私の意見とは全く違う、むしろ私が望んでいる方向と反対の事を言う。
聞きたくもない、ネガティブな反応、私の目標にケチを付ける言葉ばかり。
その度に、私は挑戦する意志を失い、現実に甘んじるしかなかった。
頭の中、心の中はイライラして、答えが出てこないカオス(混沌)と化していった。
モヤモヤしっ放しで、本心がブレまくって、本当の気持ちや目標が分からなくなった。
周囲の人間に怒りを覚えると同時に、本心が分からなくなって、自分が何をすべきか、何をやりたいかすら分からなくなった。

現実に甘んじた結果、私は物事に対しても自分に対してもやる気を失ってしまい、自己卑下ばかり。そのうちに、子供の頃から夢見ていた夢すら本当に自分がやりたかった事、望んでいた事なのか分からなくなってしまった。
なぜなら、他人の言動によって、私の意志も夢も目標も奪われてしまったからだ。
子供の頃、特に 10代は私は苦しかったけど、絵を描いたり、その絵を色づけしたりして楽しかった。
将来私は絵を描きたい。
絵でなくても、芸術関係の仕事に興味があった。
それなのに、何処で間違えてしまったのか。
今の私は、かつて私が夢見ていた事とは違う事をしているから。
それでも課題に向かったり、寝る前や仕事帰り、気持ちが急にモヤモヤした時などに『未来日記』を書いたりしていくと、不思議と頭の中がすっきりしてきて、心の中も落ち着く事が増えていったように思う。
ある意味、「灯台の時間」は他人の言葉、他人の行動に翻弄されがちな私を変えるきっかけをくれた。
『未来日記』は、今や私にとっては精神安定剤になった。
『夢かな手帳』も時々チェックしながら、大丈夫かな? と時間軸を確認している。
今では、新しい『夢かな手帳』が待ちきれない!

課題の中で、こんなこと書いていいのかな? っていう事もたくさん書いたが、課題がアップロードされているのを見て、
「素直に思った事、感じた事を書いていいんだ」
と気持ちが楽になった。
今は新しい仕事・職場になった事、勤務時間もフルになった事でなかなか「灯台の時間」が取れなくて困る事もあるが、少なくとも受講前のように頭の中がぐるぐる、モヤモヤ、堂々巡りになるような事はなくなったように思う。
私は「灯台の時間」が取れなくて忙しかった時期は、『未来日記』のぐじゃぐじゃゾーンに現時点での私の気持ちを書き連ねただけだったのだが、それだけでも違った。
心の中が現実同様忙しくなってしまう前に、少しでも自分の気持ちを書いておくのは自分を守る事になるんだと分かった。
これは、新しい発見だった。

ただ、ちょっと心残りなのは「出さない手紙」の時。
私は、今まで会った人達の一部に向けて書いたのだが、どうしても、出したくても出せなかった相手がいる。
それは、両親と10年前に亡くなった祖父だ。
正直、私の心に暗い影を落とし、苦しめているのは少なくとも両親(特に母親)と祖父母だ。
とりわけ祖父はもうこの世の人間でないにも関わらず、私は未だに祖父という亡霊に苦しんでいるし、彼に言われた事にモヤモヤし、イライラし、傷つけられたからだ。
それだけでなく、彼の、母や祖母に対する言動にも傷つけられた。
現実にはもういない人間なのに、私は生前の言動に未だに苦しめられ、縛られている。
亡くなってホッとしたはずなのに、何で気楽になれないんだろう?
そんなのは嫌だ!! と思っているのに、もどかしい。
何もできない自分。
何故だろう。

自分の中の問題に気付き、このワークショップに参加して分かったのは、狂っていたのは家族であり、家の中で起こった出来事、その環境だったと分かったのです。
どうりで、私もそういった雰囲気や人間関係に影響されるわけだと。
私は、悪影響を受けていたのだと分かった。
何で私は、やる事なす事ダメなのか。
何で私には、心を許せる人間がいないの?
せっかく交流したいと思っていた人達とも、何でうまくいかなくなっちゃうんだろう………。
もう正直、私は親からも祖父からも解放されたい。
だらしがなく、いつもテレビを観てはいつの間にか眠りこけてしまうくせに、いつも私に
「そんなに大声出したら、誰が聞いているか分からない」
「近所に聞こえる」
だの、世間体、他人視線を強要する母親にも疲れたから。
私が今までどんなに苦痛だったかを、伝えたいがために出さない手紙を出したい相手があまりにも多すぎて、私が一番出したい相手に出せなかったのが、ちょっと心残りです。
きっと、この3人に対する手紙が、一番長い手紙になるかも分からないかもしれないな。
そんな事を考えながら、この文章を書いている。

それに、最終課題でよりによって体調を崩してしまいましたから……。
特に、パソコンが動かないのにイライラしました。
私は、出来ればたくさん伝えたかったな。
パソコンも時々フリーズしたりして、最終課題、出さない手紙が思うように進まなかったのです。
よりによって!! と、パソコンに時間を奪われて、イライラしました。
最終週は、ゴタゴタした週になってしまって残念です。
せめて穏やかに終わりたかったなあ……。
こういう終わり方はちょっと私の中では不本意な形なのですが、このワークショップは明らかに、私の心の中に変化をもたらしてくれました。

一番はやはり、『未来日記』です!!
優月さんも、かつて自分というものが無くて苦しかったと読んで、今の私と同じ時期が優月さんにもあったんだなと、意外だったと同時に救われました。
私も本当に自分というものが、あるようでなかったと気付いたから。
家庭環境にも共通点があることも発見できました。
課題を進めていくうちに、『未来日記』と「灯台の時間」が、私の混乱しがちな頭と心を落ち着かせてくれました。
そろそろ『未来日記』が終わりそうなのですが、また新しい『未来日記』を手にしようと決めています。
もちろん、課題を提出するプロセスを通じて、自分の心の中が、本当に望んでいる事が分かった事は、本当に嬉しかった。
不思議と、本に書いてあるように、書いた事が現実に起こったから、ビックリした。
自分に素直になるってすごい事だと実感した。

今までの根深い問題が、全て解決したわけではないですが、少なくとも今の私は、失われた本当の自分を取り戻すためのスタートラインに立ったと思います。
20数年間の人生は、私というものが、自分というものがほとんどなかった。
すぐに解決とは言わなくても、今の私は受講前の私とは違うと言えると思います。
もちろんまだまだ他人の言動に引っかかったり、イライラさせられたり、他人に心と時間を乗っ取られてしまう事も少なくはない。
不器用ですが私は、このワークショップが終わっても本当の自分自身、自分の気持ち、夢、目標が何なのか探す事を、諦める事も止める事もしません。
今の目標は、仕事を頑張ってお金を貯めて、家を出て、自分の生活を始める事です。
まだまだ穏やかな日々には程遠い生活環境ですが、諦めたくないです。

最後になりますが、ぷりむらクラスの同志の皆さん、優月さん、ONSA の皆さまには本当に感謝しています。
私が他人と思考の洪水から抜け出すきっかけになったのですから。
正直、終わってしまうのが惜しい。
本当に惜しいけど……。
2020年のオリンピック開催都市が東京に決まった今日この日に、皆さんにお別れを言うのは、奇しくもという感じがしますが、私は
「とうとうこの3ヶ月、12週間が終わるんだ」
という意味で、感慨深い日になりました。
だけど私はこの3ヶ月間、自分と少しでも向き合う事が出来て本当に良かった。
自分が何なのか、探す旅はまだまだ終わりませんが、
クラスの皆さん、優月さん、ONSA の皆さん、素敵な時間を本当にありがとうございました!!

H. E. さん(30代/愛知県よりご参加) ぷりむらクラス

ぷりむらクラスのみなさま、優月さんにも、スタッフさんにも、また約3か月の時間を私とご一緒してくださって、ありがとうございました!
それから、それぞれ、かけがえのないお時間にご一緒させてくださって、それも、本当にありがとうございました!!
「コース2」を通ってからの2回目の「コース1」は、1回目とはまた違った風景だったと思います。
時々、1回目の「じかんのきろく」を確認しながら取り組めるので、前回と比べて、小さいけれど、変化が分かるのは、”楽しい” ことでもあったと思います。
今回のテーマは、
「私を潰さないで、私が私にあたたかく優しくしてあげられるようになろう」
と
「回復にしがみつく毎日を当たり前にしよう」
このふたつが大きい軸でした。
そういう生き方を習慣にしていく第一歩を、私は、この 12週間の「時間習慣とこころの習慣。」の課題を通して、踏み出したかったのです。
油断してやめてしまっては、元の木阿弥どころか、時間の経過とともに悪くなるのよ、と心しつつ。
「できたことに注目」して、私を「褒めて」みたいと思います!

いちばんの褒めたいポイントは、
「もうどうでもいい…」
「もう何もしたくない(でも、しなければいけない)」
としょっちゅう倒れる私と向き合えたことです。
何度も諦めず、タマネギの皮を剥くように、なので剥き剥きと向き合えたと、個人的に思います。
今の現実の時間の中で、私としては辛い問題だったので、ありがとう! と、とても思います。
(そして、ありがとうは褒め言葉なのかしら? という疑問が……褒め言葉の語彙が少ないのも課題かもしれないです。)
「もうどうでもいい…」と言ってる中には、とても傷ついて辛い気持ちでいる私がいる、と発見しました。
「思い通りにならない現実が嫌だ! 助けて!」
私はこれが言えなくて、自分の中に溜め込んで、それが重くて動けなくなっているのでは? と思っています。
私を助けてあげられるのは、私です。
それなら安全なところで
「だって嫌だもん!!!」
って言わせてあげよう、という取り組みをはじめました。

「どうしてできないの!? 甘えるなこの怠け者」
弱ってるところに、さらに叩きのめして止めを刺そうなんてとんでもない、もう私はしたくない。
あたたかくしてあげたい、優しくしてあげたい、時間をかけてあげたい、待ってあげたい、そんな風に思えて、嬉しくてじんわりと涙がにじみます。
そうなの、私はずっとそうしてほしかったの、本当にありがとう、と思って、ああ私と仲直りしていくって、こんな感じなのかなという実感も、ほんのりありました。
それは、とでもあたたかい気持ちで、幸せなのだと思います。
「できること」を「認めること」が怖い、という私の気持ちにも取り組んであげられました。
まだ掘るものがありそうにも思うけれど、まず
「できるなんて怖いからやめてやめて!」
と混乱してしまう段階は解けた気がします。
過去には「できること」は危険なことだった。
未来には「できる」かどうか、不安でたまらない、「できる」ができたら、私は1人で歩いていかなければいけない、怖い。
そこに押し潰されそうになるから、「認めるなんて嫌だ!」と混乱するのではないかな、と捉えています。
過去のことでも、未来のことでもなく、「今の私にできること」その「今の私サイズ」に注目してみよう、これから私が意識していきたい新しい選択の視点です。
過去に「できること」が危険だったことは、「褒められること」が嫌だ、ということに繋がりました。

「お母さんのために無理してがんばったの、どうか私の気持ちを受け取ってください、汲み取ってください、そして私の存在を肯定的に認めて欲しいです」
という私の気持ちを全く無視して、目に見える「できた」結果だけに注目して
「(私の思い通りに)やればできるじゃん! 喜!(何で今までやらなかったの? じゃあもっとやりなさいよ)」。
過去の、母から「できること」を「認められる」というケースは、「母の思い通りだった時」のことで、それは私にとっては「認められる」=「母に利用される、所有される」という明らかな危機だったのではないかというのが、今の私の仮定です。
(逆に「母の思い通りでない時」も私にとっては異常な危機的状況で、それは私にとって「認められない」=「あなたはNO」というメッセージを慢性的に受け取ることに)
私が本当に欲しかったのは、
「お母さんのために、無理してまでがんばってくれてありがとう、だけど無理をさせてしまったのね、辛かったね、ごめんね。」
そんな風に「辛いのに、無理してがんばっている私の気持ち」に気がついてくれることだったのではないかな、と思います。
最初は、私に、褒めさせてももらえなかったので、12週間を経て、私の気持ちに気がついてあげられて、褒めてあげられる関係を作りつつあれることが、素晴らしいし、嬉しいことだと思います。

もうひとつ、気がつけてよかったね、と思ったことは
「どうやら私の体は、やわらかくて、繊細なものなんだ」
と、はたと思ったことです。
しなやかで力強い、そういう面もあるはずだけど、今回「ん?」と気がつけたのは、やわらかい面の方でした。
お天気が曇りだったり雨だったりすれば、体も何だか重くなる。
ちょっと気持ちに負担になるようなことがあれば、心を一緒に体調のバランスも崩してしまう。
こんなに、いろんなものの影響を受けながら、私の体の状態は日々異なるものなのかと、その繊細さに驚きました。
これは多分ほんの入り口で、私の体とは、改めて、もう少し時間をかけて、話し合っていきたい気持ちでいます。

3回目の「コース1」は、どんな景色になるのかな。
この内容がとても基本なのだと、前回より、より心から感じました。
スケジュールの時間軸 = 私の時間 = 私の人生
なので、スケジュールに顕れる問題は、そのまま「私」の人生の問題です。
そこに出てくる問題ときたら、
「何をかけばいいのか分からない=私の人生をどっちに向けて生きていきたいのか分からない」
という相変わらずの大問題です。
それに付随して、本当に色々なことが「私は分かっていない」ということが、分かってきました。
色んなことを「分かったフリ、分かった演技」をしているうちに、それが「分かっている」という状態であるといつの間にか思ってしまっていたような感覚です。
「今ここに居られなかったら、私はどうなっていたんだろう、そして、どうなっていったんだろう」
一度、知ったことが私の中消えることは無いし、「もしも」を考えるのはナンセンスかもしれないけれど、それでも、時々考えてしまって、その度に背中の冷えるような恐怖を感じて、そして、今の私に、今できることを、精いっぱいやろう、と改めて決意をします。
この危機感も忘れないように。
何度かこのコースにも戻って来ながら、引き続き、どうかお世話になります。
ぷりむらクラスのみなさまにも、また、それぞれ、どこかでお会いできますように。
その時は、ぜひお声がけさせてくださいね。

A. M. さん(30代/東京都よりご参加) ぷりむらクラス

12週間、私にとってはとても長いものでした。
「コース1」は3度目の参加になるので、今度こそ「できた!」という感覚を味わいたいと思っていたのですが、5週目辺りからほとんど自分の課題に集中できず、投稿しようとしても手が止まってしまう状態でした。
それでも、そんな私も受け入れよう、できない時期はあるものだと自分を肯定しながら、毎週課題について考えながら過ごしていました。
そして今、自分が投稿した課題を読み返してみると、最初に立てた目標が叶っているというか、ほとんど当たり前にあることに気が付きました。
12週間前に悩んでいたことが滑稽に思えるほど、現実が明るいものに変わってきています。
なぜだか不思議です。

この「コース1」が終わったら、少し立ち止まって本をじっくり読んで過ごしたいと思います。
今まで、ひたすら達成を目指して課題をガリガリこなしていたのを少しお休みにして、もっと自分と向き合いたいです。
ぷりむらクラスの皆さま、お疲れさまでした。
後半、ほとんど投稿ができず、皆さまの投稿を読ませていただくだけになってしまいました。
すみませんでした。
優月さん、ONSAスタッフの皆さま、お世話になりました。
ありがとうございました!

N. N. さん(30代/埼玉県よりご参加) ぷりむらクラス

お疲れ様でした。
私も、皆さんも。
3か月前の自分のことを覚えています。
本気の本気でやる! と申し込んだはずのワークショップ。
なのに、ほとんど……といっていいほど、取り組めませんでした。
「~出来てない」ことばかり、目が向くけれど、今までの『未来日記』や、ワークを読んで、それが今の私に必要なペースだったんだよ。
そうやって、自分を責めないで、認めてあげること。
私によしよしって頭をなでてあげること。

何年か前の私に、教えてあげたい。
過去の私、そうやって、「自分を認めて、責めないでいてあげる」ってこと知らなかったから。
ワークショップ中に祖母を亡くし、それがあまりに突然のことであった為、精神的につらい日々でもありました。
祖母の死で、感じたことがあります。
平凡な日々なんて、本当はないんだ。
私が見てないだけ。
気づいていないだけ。
見落としているだけ。
会社と家の往復で、毎日が同じように過ぎていく。
だから、正直、つまらないな……って思っていました。
以前程ではないけれど、今も「私の人生、こんなもんか」って、思ってしまう。

でも、そうじゃないんだな。
小さなことでも私にとって、感じることがあるなら、それは昨日とは違う今日。
自分の気持ちをこうやって、書いて、目で見て、確認しないから、感じていたことすら思いや、願いすら、見て見ぬふりして、わかったふりして曖昧にして生きていく。
現実社会と想像が違うことを忘れてしまう。
本当は、もっと、たくさんの事が起きているのに。
心で感じているのに。
それすらも、当たり前のことのように認識してしまう。
そうじゃないよ、私、頑張ってやっていることなんだよ。
頑張って、頑張って、だから、ここにいる。

仕事は、好きじゃなかったけど、でも、この職場の人達っていいなって思えた。
あ、私、この環境、案外、キライじゃないな。
そう自然と気持ちが出てきたら……職場の人と話するのが楽しくなった。
そしたら、苦手な人が異動になって、私の目の前からいなくなった。
それから。
私のワークショップを受ける時期のリズムってそうだったんだな~、と知ったワークショップでもありました。
私にとっては、春―夏よりも、秋―冬に受ける方が向いているなって思いました。
そして。
わたしへ。
ちゃんと、自分の声を聞いてね。
こうしたい! って思ったら、ちゃんと、実行しよう?
自分に嘘をつかないように。
最後になりましたが、ONSA の皆さま、ぷりむらクラスの皆さま、ありがとうございました。

S. H. さん(30代/東京都よりご参加) ぷりむらクラス

私、変わったのかな?
変わったのかも……?
「出さない手紙」を読み返してみて思いました。
今まで誰かや状況に嘆くことや比較することでしか自分を認めてあげられなかったのに、なんだか今まで何度か書いた「出さない手紙」より明らかに違う。
多分……いいことだ!
この3ヶ月はあっという間でしたが、密度は本当に濃かったです。
なんていうか、今まで時間が過ぎ去っていく! と感じていた焦燥感がまるでない。
対面式 WORKSHOP 後と比べて、テンションが高い気持ちで PAY FORWARD を書いてるわけではありませんが、確実に、じわじわ私の人生に効いてきてる感じがしています。

私は、この約5年間、色々なことがあってもがき続けていました。
そう、まだ今も。
でも、最近ようやく暗闇の中の遠くの方に少しだけ光が見えてきました。
多分近いうち、この5年間があったから今の私がいるの。って言える気がしています。
もちろん、不安もたくさんあります。
次回から、はじめて「共依存」の Web. WORKSHOP に取り組む予定なので、何が自分から噴き出してくるのか全くわからないから。
だから、私はこれからも前に進みます。
不安で泣きそうだし、大の臆病者の私だけど、私の人生は私がデザインしていくのだから。
今までも、これからもね。
今、この先の未来が全く想像できない。
この不安定な気持ちをワクワクに変えたい。
未来をずっと悲観していた3ヶ月前の私に、会ったら教えてあげたいです。
そして3ヶ月後の私は、きっと今より頼もしいはず。
だから
私は「今」を進みたい。
小さなわたしと大人の私の二人三脚で、ゆっくりすすみたい。
広い景色を目と鼻で感じながら、これからもずっと歩いていきます。

一緒に歩いてくれたみなさんへ
3ヶ月間本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできたら、その時はどうぞ宜しくね!
みんな、大好きです!!