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「自分の権利を主張する」
「権利は、勝ち取るもの」
「守ってゆくもの」
「誰かが代わりに、察して、守ってくれるわけではない」
こんなことを言うと、引いてしまう方が、いらっしゃるかもしれません。
「だって私は、争いが嫌い」
……奇遇ですね。実は、私も嫌いです。
腕力に、自信もありません。握力が17しかないので、文筆業やってますし。
でも、こういう考えの人間だからこそ、
「言葉・ルールが通じるうちに、行動を起こすことが大事」
と信じています。
そこを “さぼる” と、けっきょく最終的に、腕力の争いになってゆく。
だから、「権利」「ルール」という概念が通じているうちに、行動を起こす。
私は、このような考えの持ち主です。
今は、日本はまだ、「法治」の状態ですよね。
一方で、香港やオーストラリアは、「超法規」の段階に突入してしまいました。
つまり、武力を持っている側・銃口を有している側が、有利の状態。
こうなると、権利を守る・勝ち取るために、「ルール」という土俵で戦えなくなる。
だから今、日本も含めて、世界の多くの人が、「ルールの上で」行動を起こしているのだと思う。
あなたも、この考えが気に入ったら、よかったら仲間に。
しかも、あなたなりのやり方で、大丈夫と思う。
重ねて、人はみな、考えも個性も違うから。
–
3点、私なりの「ルールの中での自己主張の仕方」のポイントを、シェアします。
ご参考になりますように。
[1]
まずは、本当に当たりまえの前提から。
著者は、食事・睡眠・仕事・仕事のあいまの休憩や昼寝を、しっかり取っています。
そうしたとしても、10分や20分の時間の余裕は、絶対にあると思う。
(簡単。テレビを消して、意味のないネットサーフィンをやめればいいさ)
その時間を、行動のための時間に、充てています。
電話をしたり、最新情報をチェックしたり。
これなら、無理が生じずに、自分の権利を守るのための活動ができる。
–
「自分の権利のために、自己主張する」
それは、非日常行為ではなく、国民として当然の権利・当然の行動。
普通の行いですから、日常の一部として、普通にやればいい。
著者は、自分のできる行動を、毎日コツコツ「普通に」行なっている。
重ねて、普通の日常の中で。
それでも、私のような人間が、たとえば20人いたとしたら、それは官公庁にとって、20人分の意見電話になる。
100人いたら、100件。
行動を起こさないより、一人一人の起こす、小さな行動の集まりに、パワーがあると思っています。
まずは、本当に当たりまえの前提から。
著者は、食事・睡眠・仕事・仕事のあいまの休憩や昼寝を、しっかり取っています。
そうしたとしても、10分や20分の時間の余裕は、絶対にあると思う。
(簡単。テレビを消して、意味のないネットサーフィンをやめればいいさ)
その時間を、行動のための時間に、充てています。
電話をしたり、最新情報をチェックしたり。
これなら、無理が生じずに、自分の権利を守るのための活動ができる。
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「自分の権利のために、自己主張する」
それは、非日常行為ではなく、国民として当然の権利・当然の行動。
普通の行いですから、日常の一部として、普通にやればいい。
著者は、自分のできる行動を、毎日コツコツ「普通に」行なっている。
重ねて、普通の日常の中で。
それでも、私のような人間が、たとえば20人いたとしたら、それは官公庁にとって、20人分の意見電話になる。
100人いたら、100件。
行動を起こさないより、一人一人の起こす、小さな行動の集まりに、パワーがあると思っています。
[2]
2つ目は、「みんなと、同じでなくていい」「自分なりのやり方が、必ずある」こと。
私は、仕事のあいまに、電話する時間がとれるので、電話派。
官公庁があいている時間に、動ける有利さがあります。
そして私は文筆業ですので、知識量と論の張り合いでは、そうそう負けません。
いっぽうで、こういう方もきっと、多々いらっしゃるはず。
「昼間は、仕事の拘束があって無理」
でも、夜なら「5分だけ」、時間を作れるという方も。
そういう方は、反対の意見書を、インターネット等で役所に送ることもできる。
これなら、時間に関係がなく、自己主張ができる。
しかも、あなたの主張を記入すればいいだけなので、時間も大きくかかるわけではない。
これもまた、100人が行動すれば100通。1000人なら、1000通です。すごいね。
2つ目は、「みんなと、同じでなくていい」「自分なりのやり方が、必ずある」こと。
私は、仕事のあいまに、電話する時間がとれるので、電話派。
官公庁があいている時間に、動ける有利さがあります。
そして私は文筆業ですので、知識量と論の張り合いでは、そうそう負けません。
いっぽうで、こういう方もきっと、多々いらっしゃるはず。
「昼間は、仕事の拘束があって無理」
でも、夜なら「5分だけ」、時間を作れるという方も。
そういう方は、反対の意見書を、インターネット等で役所に送ることもできる。
これなら、時間に関係がなく、自己主張ができる。
しかも、あなたの主張を記入すればいいだけなので、時間も大きくかかるわけではない。
これもまた、100人が行動すれば100通。1000人なら、1000通です。すごいね。
[3]
そして、ラスト1点。自己主張の上で、大切なことがあります。
それは、あなたの「意見」「気持ち」を伝えること。
なぜなら、あなたこそ国の主役。国民であり、納税者であり、有権者なのだから。
–
意見は「i – messega(アイ・メッセージ)」という、「私は……」を主語にしたやり方で、伝えることができます。
「私は、反対です」
「私は、賛成しません」
相手が論破してこようとしても、「でも、必要なんですよ」と説得にかかってきても、関係がない。
「私は、この考えに、共感できないです」
「私は、この件に、賛成したくありません」
「私は、有権者として、反対です」
「私は、納税者として、支持しないです」
「私は、国民の一人として、反対です」
素直に率直に、自分の気持ちや意見を、伝えるだけでいい。
正しいとか、立派だとか、論として上等とか、そういうのは関係ないです。
「あなたが、好きな選択かどうか」
「賛成か」
「嫌か」
主権を持つ民である「あなた」がどう考え、感じているかが、とても大事。
重ねて、あなたこそ、この国の真の主役。
この国は、当たりまえですが、あなたのものでもあります。
そして、ラスト1点。自己主張の上で、大切なことがあります。
それは、あなたの「意見」「気持ち」を伝えること。
なぜなら、あなたこそ国の主役。国民であり、納税者であり、有権者なのだから。
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意見は「i – messega(アイ・メッセージ)」という、「私は……」を主語にしたやり方で、伝えることができます。
「私は、反対です」
「私は、賛成しません」
相手が論破してこようとしても、「でも、必要なんですよ」と説得にかかってきても、関係がない。
「私は、この考えに、共感できないです」
「私は、この件に、賛成したくありません」
「私は、有権者として、反対です」
「私は、納税者として、支持しないです」
「私は、国民の一人として、反対です」
素直に率直に、自分の気持ちや意見を、伝えるだけでいい。
正しいとか、立派だとか、論として上等とか、そういうのは関係ないです。
「あなたが、好きな選択かどうか」
「賛成か」
「嫌か」
主権を持つ民である「あなた」がどう考え、感じているかが、とても大事。
重ねて、あなたこそ、この国の真の主役。
この国は、当たりまえですが、あなたのものでもあります。
「私もまた、この国の主役なのだ」と感じられないなら、……「水戸黄門」を見過ぎかも。
権威に「ははーっ」とひざまずく必要は、何もない。
あなたの方こそ、主役だから。
あなたの意見は大切だし、あなたの意見も、私の意見も織り込んで、国が運営されてゆく。
だから、「国民主権」「主権在民」。
それゆえ、「非常事態条項」は NG。この国は、「政府主権」ではないから。
この国であり、この社会・この大地は、あなたが住むものでもある。
重ねて、あなたの存在は、とても重要。
だから、ぜひ、意見を伝えてみてください。
自分のものでもある国のために、遠慮なんてしないで。
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